南足柄市・大雄山最乗寺の研修参籠(宿坊)体験レポート ~心を整えるひととき~
神奈川県南足柄市にある大雄山最乗寺で、1泊2日の宿坊体験。杉木立に囲まれた静かな空気の中で、心がふっと軽くなるような穏やかな時間を過ごせました。今回は、研修参籠の流れや感想をレポートします。





最乗寺受付より、宿坊に入ります。廊下、お部屋はとても静かでキレイ。初心者や女性でも快適に過ごせそうです。
オリエンテーションが行われる座敷に入り、坐禅や食事の作法の書かれた冊子を元に、研修の流れや心構えを丁寧に説明していただきました。参加メンバーの挨拶もあり、少し緊張しつつも「どんな時間になるんだろう?」とワクワクが広がりました。。
オリエンテーションが行われる座敷に入り、坐禅や食事の作法の書かれた冊子を元に、研修の流れや心構えを丁寧に説明していただきました。参加メンバーの挨拶もあり、少し緊張しつつも「どんな時間になるんだろう?」とワクワクが広がりました。。



廊下を1列にならび、オリエンテーションで教わった叉手(左手を親指を中にしてにぎり、右手を左手に重ねみぞおちの辺りにおく)で、食堂まで進みます。
広い食堂には素材の味を生かした優しい精進料理の膳。食事も研修の一部ですのでごはん、汁物は参加者がよそいます。膳が揃ったら、僧侶の方より食事作法の説明があり、念誦を唱えたあと、食事の始まりです。料理は質素でありながらひとつひとつの味わいが優しくて、食べ進めるにつれて心も体もほぐれていくようでした。食事の間の静けさが心地よく、まさに“癒しのお昼ごはん”。
広い食堂には素材の味を生かした優しい精進料理の膳。食事も研修の一部ですのでごはん、汁物は参加者がよそいます。膳が揃ったら、僧侶の方より食事作法の説明があり、念誦を唱えたあと、食事の始まりです。料理は質素でありながらひとつひとつの味わいが優しくて、食べ進めるにつれて心も体もほぐれていくようでした。食事の間の静けさが心地よく、まさに“癒しのお昼ごはん”。



僧侶の方に案内していただきながら、厳かな雰囲気の本堂、天狗に守られた結界門、歴史ある鐘楼、364段の階段の先にある奥の院などを散策。由来や天狗伝説など普段は聞けない、興味深いお話を教えていただきました。広い境内を杉の香りや鳥の声に包まれながらの散策は、とても気持ちがよくて、思わず深呼吸したくなるほど。


僧侶の方のお話は、とても柔らかく親しみやすい雰囲気。日常のちょっとした悩みも「まあ大丈夫かな」と思えてくるような、あたたかい時間でした。心の窓が少し開いた感じ。


最乗寺の属する曹洞宗では、壁に向かって坐禅を行うことが一般的な修行方法とされており、外界の刺激を最小限に抑え、雑念から離れ、心を静めることができます。坐禅堂の前で、入堂の仕方を教わり、入堂。坐位についたら坐禅の作法、足の組み方を教わり、壁に向き直し足を組みます。止静鐘が鳴り、坐禅に入ります。初めての坐禅に少しドキドキしましたが、呼吸に意識を向けると、不思議と雑念が薄れていきます。短い時間でも、頭がすっきりリフレッシュ。終わるころには気持ちが軽くなっていました。
夕食も精進料理で、昼とはまた違う美味しさ。入浴では一日の疲れがふわっと抜けて、夜の静けさが心にしみます。ゆっくり癒される時間でした。
いつもより早い就寝で、やはりなかなか寝付けず、話に花が咲きましたが、静かな山の夜に、いつの間にか、心も体も優しく包まれました。

鈴をジリンジリンと鳴らしながら廊下を走る僧侶に起こされ、起床。早朝のため、皆さん少しぼんやり(笑)。裸足で行う坐禅に向かうのに、靴下を脱ぎ忘れた方続出です。廊下に並び、坐禅室まで歩く間、澄んだ空気に触れ、眠気がすっと引いていきました。
日の出前の暗さの中、お香の香りがふんわりと香り出し、前日よりも深く集中。呼吸に合わせて心が静まるのを実感しました。
本堂で行われた勤行の後、御真殿に移り、朝の祈祷が行われました。力強い読経や太鼓の響きが堂内に広がり、迫力満点。荘厳な雰囲気に圧倒されつつも、どこか心地よく、自分の内側が洗われるような感覚でした。
身体が喜ぶような優しいお粥の精進料理。身体にすっと馴染む味で、とても美味しく、「朝ごはんって大事だな」としみじみ感じました。


庭園が美しい書院にて山主さんによる法話。お話は心にすっと入ってきて、日常の過ごし方を見直したくなる内容ばかり。「日々の過ごし方を少し変えてみようかな」と思える、前向きなヒントをいただきました。
名残惜しさを感じながら解散。山を下りる頃には、気持ちが軽く、姿勢までよくなった気がしました。心がふんわり整う、とても素敵な体験でした。
大雄山最乗寺の宿坊体験は、静かな山の空気と丁寧な時間の中で、心と体をリセットできる貴重な経験となりました。
坐禅は、目的やゴールが示されず、結果を求められない“フリースタイル”なところがとても新鮮でした。説教くささが一切なく、自分の内側と向き合うだけの静かな時間。その中で、いつの間にかビジネスの常識や競争の感覚にとらわれていたことに気づき、ハッとさせられました。知らず知らずのうちにストレスを抱えて生きていたのだと実感し、心をゆるめる大切さを改めて感じました。
坐禅は、目的やゴールが示されず、結果を求められない“フリースタイル”なところがとても新鮮でした。説教くささが一切なく、自分の内側と向き合うだけの静かな時間。その中で、いつの間にかビジネスの常識や競争の感覚にとらわれていたことに気づき、ハッとさせられました。知らず知らずのうちにストレスを抱えて生きていたのだと実感し、心をゆるめる大切さを改めて感じました。










